成すも成さぬも 今を楽しめ

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

私の地獄はあなたの天国

 留学生の友人たちと飲んだ。ひょんなことから将来の話になって、「ロンドンに帰ったら起業したーい」とか「日本戻ってきたーい」という声が聞こえてきた。一方で、「親からは大学出たら就職しろって言われてるけど……」という声も。やはりどこの国でも変わらぬ親の圧というものはあるらしい。

 

 しかし、「日本は素晴らしい国からまた戻ってきて、できれば働きたい」というフレーズには複雑な気持ちを抱かずには居られなかった。私にとって祖国である日本は、それ自体の将来も、また私自身にとっても希望に満ちている訳ではない。それこそ、どちらかといえば「イギリスは素晴らしい国だから働きたい」というのと変わらないではないか。

 

 この発言をした留学生は、1年ほど日本に滞在しているが、いわゆる伝統文化を学んでいるわけでもなく、また日本の社会の中で居場所を見つけたわけでもない。彼女は留学生という「お客さん」のまま日本を出ていくのだし、また帰ってきてもその立場は揺るがないだろう。仮に同化しようとしても社会の側がそれを許すまい。結局のところ、1年やそこらで現地社会に溶け込むのは不可能だし、「溶け込む」の定義が非常に難しいことは文化人類学民族誌を見れば一目瞭然である。だからこそ、社会の中である意味「アウトサイダー」として生きることを強制されるし、その方が生きやすいのではないか。

 

 私は彼女のことを批判したいわけではない。きっとイギリスに居れば全く逆の立場なのだ。自らの属する社会的文脈から切り離されるというのは、おそらく新しい視野を提供してくれる。そう祈らずにはいられない。

 

 彼女が日本という「場所」を好きになったのか、あるいは日本で出会った「仲間たち」が好きなのかはわからない。どうやら親友と呼べるような存在も見つけたようだし、私は後者よりのような気がする。私は「場所」と「人」のどちらを好きになったかを高校時代に取り違えて酷い目にあったため、できれば彼女には間違えてほしくない。