成すも成さぬも 今を楽しめ

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

人生で初めてクラブに行ってきた話

 タイトル通りであるが、その話をする前に経緯を書いておきたい。

 

 一番最初のきっかけを挙げるするなら、授業の縁から留学生の知り合いができたことだろう。特に欧米圏の人間は定期的にホームパーティーもどきを開くので、芋づる式に知り合いが増えていった。その中でも特に仲良くなった男友達とワールドカップ観戦することになったのが昨晩の始まりである。

 

 午後6時、渋谷のHUBに席を確保した我々は、9時までフランスv.s.オーストラリア戦を鑑賞した。日本の試合ではなかったため日本人のサポーターは殆どオーストラリア推しで、店内の外国人は基本的に母国か友達の母国を応援していた。私のようなスポーツを全く見たりやったりしてこなかった人間には新鮮だったが、2時間前後の間でハイライトは10回もなかったように思う。それなら家帰って缶ビール片手に見た方が楽じゃないかと思う一方、ハイライトがハイライトたり得るのは観客側の熱狂によるところが大きいので(祭りみたいなものなので)、サッカーが特に好きでないならむしろサッカーファンに囲まれてパブで観戦した方がいいのだろうなとも思った。

 

 試合が終わった後、近くにイギリス人の女友達がいるというので合流することとなり、2,3時間近くの別のバーで時間を潰したのち、クラブに行こうという話が出たので、まあ何かしらの経験にはなるかと思い人生初のクラブ突撃をかましたわけである。

 

 

 クラブという場をどう表現するべきか、これはなかなか難しい問題である。もちろんクラブ全てに言えることはあるだろう。例えばノリノリのヒップホップとEDMが流れているとか、客はみんな踊っているとか、ナンパが横行しているとか、そういったことである。実際そういうところであった。しかし、あの独特の雰囲気と喧騒をどう書き表せばよいのか。店内には色々な人間がいる。トラヴィスなら「こいつらを根こそぎ洗い流す雨はいつ降るんだ?」と静かに切れてしまいそうなくらいに色々である。イケてる女、イケてない男、友達ときた女、それを見つめる熟練の狩人のようなナンパ師、外国人、ダンサー……。EDMとヒップホップが鳴り響く中で彼らが織りなす喧騒は、さながらデュオニソスの饗宴以来の西洋的な陶酔と激情を思わせる。夜通し開かれるこの宴においては、人々はバッカスの力を借りてその欲望を満たすことに全力を注ぐのだ。

 

 クラブの基本的な機能としてダンスがある。もちろん、ノリのいい音楽に合わせて踊るというのはそれ自体楽しいものであろうし、私の友人のように、踊るために友達と男女入り混じったグループできたという人間も少数いるであろう(余談だが、私はEDMもヒップホップもそれほど好きではなく、また曲も大して知らなかったのだが、やはりそういう音楽が好きな人か、そうでなくともクラブミュージックの定番くらいは押さえていった方が楽しめるのではないかと思う)。しかし、ダンスはあくまでこの宗教的集会の一側面でしかないのであって、多くの参加者にとって必要なのは男と女、つまりナンパこそが主目的なのではないかと思う。そして首尾よく相手を見つけられれば、ダンスは彼らにとって性的衝動を高める装置として機能する。熱いキスを交わす二人、互いの腰に手を這わせ疑似的な性交を行う二人を何度見たかわからない。

 

 興味深いのは、ナンパに求められるのは会話を続ける能力ではなく、会話を始めるということである。私は普通の街中でナンパに挑戦したことはないが、そこで求められるのは会話を始める力と会話を続けられる力の両方だろう。しかし、クラブ内は大音量で音楽が鳴り響いているため、すぐ隣の人間とも耳元で叫ばないと会話できないことがほとんどである。これでどうして生産的な会話ができようか? 大切なのはいかに声をかけるかということであって、それもあの饗宴の中では低いハードルとなっている。皆が皆、声をかけたがっているし、かけられたがっている。

 

 今までワンナイト・ラブがいかな時空間で成立するのか全くわからなかった。しかし、あの光景を見せられれば納得もする。後ろから急に女性に抱き着く男性が訴えらないのはあそこくらいだろう。恐らく、セックスがしたいなら風俗に行くよりもリーズナブルなのではないか。私ではナンパスキルも床の上のスキルも足りないが、そういうものを磨いていける人間には天国ではないかと思う。

 

 

 結局込みすぎているということで3時に撤退したが、経験としてはそれほど悪くなかった。ただ飲みすぎて腹痛を患ったのと、音楽が煩すぎて耳がやられたのと、タバコの煙で肺をやられたのは、入場料と合わせて高くついたかもしれない。