成すも成さぬも 今を楽しめ

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

189日目:結局この半年は何だったのか

 ここのところ晴れ間が続いて小春日和だったのが、今日になってまた雪が降り始めた。フィンランド語には「偽の春」とか「冬返り」といったような言葉があるらしく、恐らくそれだろうと検討をつけている。当分太陽を見ることは無さそうだ。

 

 帰国するぞ、という決心をつけたはいいものの全く準備が進まない。既に日本の大学とは話が付いたのだが、ヘルシンキ大学の方に全く話が通っていない。手続き的には全く心配していないが、思ったことをすぐ実行できないのは全くもどかしいものだ。一番大変なのが病院で、ここと話が付かないといつ帰るかのタイミングが取れない。フライトを押さえたいので一刻も早く連絡が欲しいのだが、こちらのことなどお構いなしで、今日やっと担当の看護師的ポジションの人から「休暇終わったよ、あなたの要求をお医者さんに送ってみるね!」というメールが来た。いと素晴らしきかな社会福祉国家フィンランドの医療システム。文句を言っても仕方ないが、それでも焦りは募る。

 

 8月の末に上陸し、かれこれ6ヶ月半ほど滞在してきた。このブログや自分の手帳やらを読み返しながら、過ぎ去った日々を思う。結局この交換留学に意味があるとしたら、どういう意味があるのだろう。人生で初めて海外に住んで、「海外流」の人間関係に揉まれ、英語で授業を受け、難しい教科書を捲り、日本人と愚痴を吐きあい、足を折って強制的にニート生活を送った結果が今である。目に見える成果は特にない。しかし分かったことはある。

 

 フィンランドは住みやすいが、娯楽に乏しいし日本基準では物価が高い。毎日パンと卵とじゃがいも食って慎ましやかに暮らしていく分には安いが、酒を飲んだり外食したり、日本的に生きようとするとカネはかかる。またいくら英語対応が受けられるといてっても、怪我などの緊急時の対応はやはり不安なので、健康であるのに越したこともない。大学の授業は、自学に授業とおなじくらいの比重が置かれている場合があり、単位認定のルールが違う分必ずしも出席が重要ではないという点を覗けば日本と大して変わらない。これがニューヨークやらロンドンやらの英語圏の大都市、または東南アジアや南アメリカだと大分事情も変わってくるだろうが。

 

 交換留学などというと大層なことに聞こえるが、突き詰めていえば異国で生活して、授業に出たり、人と会ったり、旅行をしたりして過ごすことであり、身分としてはとても宙ぶらりんだ。もちろん使い方次第でより有意義に過ごすこともできようが、交換留学をしてみようというような人間は大体海外経験があること自体が珍しいのではないか。なので出発前から予想が立てづらく、またこちらでゼロから積み上げて何かを成し遂げるには余りにも短すぎる期間であるため、何かを成し遂げるのは難しいのではないかと思う。去年日本に留学に来ていたイギリス人が、帰りがけに"I need something real"と言っていたが言い得て妙で、結局何をしても時間制限やお試しで終わってしまい、「お客さん」であることからは免れられないのだ。

 

 よって交換留学はより副次的な効果があるのだと思う。つまりどんな形であれ異国で滞在したことがあるという自覚と、新しい人間関係である。前者を自覚としたのは、人によっては海外はもううんざりだという風になってしまうわけで、必ずしも自信につながるとは言えないからである。一口に海外といっても国によって事情がまるでことなるので一般化しすぎるのは良くないが、それでも半年/1年間海外で過ごせば「日本を離れてやっていけそうか」ということの見極めには十分なのではないかと思う。大体人々の生活パターンや社会システムなんて、少なくとも先進国ではそれほど違いはなかろう。自分と周囲を見ていて、やはり一番応えるのが食生活で、二番が娯楽だ。日本の都市圏のように、腹が減ったが時間もないし料理するのもめんどくさいため牛丼屋で済ませる、といったようなことはできない。寿司を食いたくなってもSUSHIしかない。そういう食生活に加えて、カラオケやら居酒屋がないことが一部の人々には辛かったようだ。私は元々インドア派であるから、インターネットサービスを駆使して日本の番組やら本やらを読んでいたので娯楽に関してはそこまで不便に感じなかったが。逆に海外に出たからと言って急に洋書を読んだりクラブ・ミュージックを聞いたりということにはならず、それが原因でヨーロッパ人の友人と話が合わないときがあるのが多少残念だった。

 

 そして人間関係についていえば、日本人も他国人も同様に意味がある。日本人に関しては過去に何度か触れたが、言葉の壁がなく、お互いの背景も何となく似通っている日本人グループは日常生活の面でとても役に立つし、お互いの背景が微妙に違うので、そのおかげで付き合いやすかったりもする。交換留学ではなくてそこに住んでる人は大抵面白いストーリーがあるので、そういう人に話を聞くのも面白かった。一方他国の友人に関しては、単純に話せば英語力がつく(気がする)し、将来への考え方もまるで異なるので面白い。ただ、背景が全くことなるので参考になるということは特になく、お前も頑張ってるから俺も頑張る程度の励ましあいしかできない。あとはいつか旅行するときに宿代が浮くことだろうか。

 

 個人的には、交換留学にきたことの最大の意味は来たことではなくて日本から、東京から離れられたことであったように思う。高校から大学へ進学し、一人暮らしや大学生活など色々な初めてが重なったことで、どの要素がどういう風に人生に影響を与えているのかということについて考えられていなかった。環境に適応することに気を取られていると、今自分が置かれている環境を外から眺める視線はなかなか獲得できないものだ。言うなれば、交換留学という形で、今までの人生から逃避したようなものだ。これまでのしがらみやら将来への不安やらそういう一切合切を投げ出して、異国で半年暮らして、自分の置かれていた状況というものが見えてきた。もちろん過去の状況はそれ以前の私が作り出した状況である。そこに文句をつけるべきではないが、妥当でないところも変更不可能として受け入れているという事態が多々見られた。しかしそれらは改善すべきことで、断じて屈するべきではないのだ。そういう「仕切り直し」の機会を、実際どれだけできるかは別にして、与えられたことが最大の収穫だと思う。

 

 交換留学へきて、視野も広がらなかったし価値観も変わらなかったが、ともかく人生から半年のお休みをいただけた、というお話でした。